健康心理学を広告に応用する:健康行動モデルから読み解く訴求のヒント
私が心理学研究の主軸として取り組んでいるテーマのひとつに、「人がどのようにして健康行動を選び取るのか」という大きな問いに対して「情報の影響」に着目しています。この領域では、健康信念モデル(HBM)や計画的行動理論(TPB)といった行動変容モデルが、古くから健康教育や医療コミュニケーションの設計に活用されてきました。
私も実際おこなっている研究では、この健康行動理論を応用したモデルの実証研究をしたりしています。今年の春に国際誌に掲載いただいていた研究もこの理論がしっかり入っています。https://doi.org/10.1016/j.techsoc.2024.102776
実はこれらの理論、広告の世界でも応用の余地が大いにあります。特に健康をテーマとするプロモーションにおいては、受け手が「自分ごと」としてメッセージを受け取るかどうかが、行動(=購入・予約・継続使用など)に直結します。
ここでは、2つの代表的な理論を軸に、それぞれのモデルに沿った広告表現の具体例を紹介しながら、その背後にある心理的メカニズムを紐解いてみましょう。
Health Belief Model(HBM)を応用した広告表現

健康信念モデル:Health Belief Model(HBM)
理論の概要:
Health Belief Model(HBM)は、1950年代にアメリカ合衆国の公衆衛生サービス(U.S. Public Health Service)に所属していた社会心理学者Rosenstockらによって1974年に提唱されました。背景には、当時実施されていた結核検診(無料のX線検査)プログラムにおいて、対象者の受診率が低迷していたという実務上の課題があります。
この問題に対して、「なぜ人々は健康にとって明らかに有益な行動をとらないのか?」という問いを立て、健康行動に影響を与える心理的要因を構造化したモデルとしてHBMが開発されました。モデルでは、健康行動の決定には以下の6つの要因が関与するとされます:
- Perceived Susceptibility(感受性):「自分も病気になるかもしれない」
- Perceived Severity(重大性):「その病気になると大変だ」
- Perceived Benefits(利益):「この行動をとれば予防できる」
- Perceived Barriers(障壁):「でも面倒・お金がかかる・怖い」
- Cues to Action(きっかけ):「受診のハガキが届いた」
- Self-Efficacy(自己効力感):「自分にもできそうだ」
HBMはその後、予防接種、がん検診、服薬アドヒアランスなど、多岐にわたる健康行動の研究や介入設計に広く応用されており、現在でも最も影響力のある健康行動理論の一つとされています。
広告事例:
以下は、HPVワクチンの啓発を目的とした国の広報動画です:
https://www.gov-online.go.jp/useful/202312/video-276720.html
この動画では、若い女性が「がんは自分に関係があるの?」と語るところから始まり、子宮頸がんの発症リスクや後悔する可能性に触れたのち、ワクチン接種の選択を促しています。
これをHBMの観点から考えてみましょう。
HBM的狙い:
- 「自分は関係ない」という認識をPerceived Susceptibilityで覆し、
- 病気の深刻さ(Perceived Severity)を具体的に描き、
- ワクチンの予防効果(Perceived Benefits)を強調、
- 「副反応が心配」といった障壁(Perceived Barriers)には医師の説明を挿入、
- 「いま受けよう」というCues to Actionを与える構成になっています。
いかがでしょうか。HBMの枠組みにおいて考えられる、「健康行動につながるあらゆる要因」を用いてこの動画の中では、健康行動=ワクチン接種を促しています。
Theory of Planned Behavior(TPB)を応用した広告表現

Theory of Planned Behavior(TPB)は、心理学者Ajzenによって1991年に提唱された行動理論です。この理論は、もともとAjzenとFishbeinが1980年に発表したTheory of Reasoned Action(TRA)を発展させたもので、人間は完全にコントロールできるわけではない、特に「人の行動は意図によって決定される」という前提のもとに、人間の意図と行動との関係を説明する枠組みとして位置づけられています。
TRAでは、「行動意図(Behavioral Intention)」が実際の行動を最も直接的に予測する因子であり、この意図は主に以下の要因によって決まるとされていました:
・Attitude(態度):「これをするのは良いことだ」
・Subjective Norm(主観的規範):「周囲の人もやっている・やるべきと言っている」
・Perceived Behavioral Control(行動コントロール感):「自分自身がその行動をどれだけコントロールできるかという感覚。ポジティブに考えれば自分にもできそうだということ。」
広告事例:
同じくHPVワクチンにおいて民間企業が制作したCMで、以下のようなストーリー展開があります:
TPB的狙い:
- 10代からできる予防であるというポジティブな態度を形成し、
- 「周囲もやっている」という主観的規範を含ませ、
- 「一度話してみようかな」と行動コントロール感を高めています。
- (もっと言うと接種券が届くというHBMのCues to Actionもありますね。)
広告に活かすための視点
HBMとTPBは、いずれも「受け手がどう感じ、どう判断し、どう行動するか」を構造的に整理する枠組みです。広告表現にこれらの理論を取り入れることで、訴求の論理が明確になり、感情や印象に頼るだけではない「設計されたメッセージ」が可能になります。
受け手に「なんとなくよさそう」ではなく、「自分に必要だ」「自分にもできそうだ」と思わせる。それが健康関連広告の成果を大きく左右するポイントです。
今回はごく簡潔に健康行動理論について触れました。また改めてそれぞれのモデルの深堀やほかの理論にも触れていきたいと思います。ぜひ広告やプロモーション設計にお役立ていただければ幸いです。
I.M. Rosenstock, V.J. Strecher, M.H. Becker (1988). Social learning theory and the health belief model
Health Educ. Q., 15, pp. 175-183, 10.1177/109019818801500203
I. Ajzen (1991). The theory of planned behavior Organ. Behav. Hum. Decis. Process., 50, pp. 179-211

